サンタさんはいないのかもしれない

友達と夜遅くまでマイクラをして、イブの夜を過ごしていた。

物置にあって遠いところにあるストーブをやっと自分の部屋に置くことができ、

ゆっくり、あったかく過ごしている俺です。


さて、こんなタイトルで書いた理由としては、前に読んだある人のブログを真似してみたかった

っていう不純な動機から始まってます。

今日は調子が良いので連続で記事を書いているというのもあります。


クリスマスといえば願えば欲しいものをタダでくださるイベントなのかもしれない。

今になって思えば、そういったイベントを用意してくれた先人に感謝だなと思っている。


俺は3歳、4歳のときからサンタさんはいないと決めつけている。

実際目で見たわけでもないし、

だからといって、いないと証明するっていうのも無理な話ではあるけれど。


だけどサンタさんという概念は信じていたのかもしれない。

願えば欲しいものがもらえるなど、実際生きている中で滅多にないことだから。

受験で成功したり、失敗したり、テストでいい点数ととったり、とらなかったり

願ったからといって必ずそれが得られるのは、運任せの要素に近い。


クリスマスプレゼントというイベントは、

そういった運任せのことに必ず何かしら貰えるっていう確定要素を入れ込んだ、

そういったイベントなのかもしれない。


モノをもらうのには、対価が必要で、それを払うのにお金を用いているのだから、

人生にはいつもお金の問題が付きまとうがゆえに、

だから、毎年クリスマスで欲しいモノが必ずもらえるわけでもない。


そういう面では、毎年クリスマスで欲しいものがもらえていた時代を懐かしむ時点で

今ではサンタさんというのは消えてなくなってしまったのかもしれない。

モラトリアムといっしょに、いつかはサンタさんというのはいなくなるんだということをね。


だけど、消えてなくなってしまったからといって、悲しむというのは違うのかもしれない。

そういったイベントや時代があるからこそ、モノの有難みや親とかの感謝にもつながるのかもしれない。


サンタさんはいつか消える、消えるから成長するんだっていう意味では

サンタさんがいないっていうのは人によっては事実なんだろうと思う。


ってそんなことを書きながら、今日はもう遅いので寝ようと思う。

以上!

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